更生保護関係者から言われて悔しかったこと
更生保護施設で勤務している中で、忘れもしない、悔しかった言葉があります。
それは「更生保護施設って人を選んで受け入れているんですよね?そしたら施設から受け入れを断られた人はどうするんですか?」というものです。
文字にすると素朴な疑問のようにも読めますが、言葉の主は更生保護関係者であり、なおかつ私の勤務していた更生保護施設のことを良く思っていない人だったので、明らかに嫌味のニュアンスが込められていました。
外部の人々の更生保護施設に対する本心
要するに相手の方は、次のようなことを言いたかったのでしょうが、これらは実際のところ多くの更生保護施設の外部の人々の更生保護施設に対する本心なのだと思います。
“一般社会で受け入れが困難な人こそ更生保護施設が受け入れて社会の安全・安心を守るべきだ”
“無報酬のボランティアで活動している保護司や更生保護女性会等と異なり、更生保護施設は常勤の職員が賃金をもらって運営しているのだから、他の誰もやらないような困難な対応こそ更生保護施設がやるべきだ”
もう少しストレートに言ってしまえば、“一般社会で受け入れが困難な人は更生保護施設に押し付けてしまえ”というような考え方です。
更生保護施設の外部の人々に欠けがちな視点
しかし、前述のような“一般社会で受け入れが困難な人は更生保護施設に押し付けてしまえ“というような考え方にはどのような視点が欠けているでしょうか?
◆更生保護施設では、懸命に自立更生に取り組んでいる人々が集団で生活しており、規律を乱すような者を一人でも受け入れることは、懸命に生活している他の大勢の入所者の生活を阻害することになりかねない。
◆更生保護施設で刑務所出所者等を受け入れることが可能な期間は無期限ではなく、保護観察期間が6か月を超える者を除き概ね6か月以内であるから、仮に更生保護施設が無理をして全ての対象者を断らずに受け入れたとしても、概ね6か月後には結局全員が一般社会に復帰して生活することになり、更生保護施設での一時的な受け入れは中長期的には何の根本解決にもならない。
簡単に言うと、更生保護施設はあくまで一時的な保護を必要とする人々のための施設であって、一般社会で受け入れ難い者をずっと見張り続けるような役割を担っているわけではないということ、そして、更生保護施設が無理をして誰でも彼でも受け入れることは一般社会の一時的な安心・安全に多少寄与する可能性はある反面、懸命に自立更生に取り組む人々の再犯を断ち切るために大事な助走期間に寄り添うという本来の役割を阻害しかねず本末転倒であるということです。
更生保護施設として自覚しておくべきこと
更生保護施設自身にも目を向けると、日頃、処遇が困難と思われる者の受け入れを断る際に単に“施設としての負担が大きくなるから”という視点になっていないか再点検する必要があるように思います。
懸命に自立更生に取り組む大勢の入所者のことを念頭に受け入れを断る姿勢を忘れないようにしたいものです。
そうでなければ、いざという時に対外的に説得力ある説明ができません。
かく言う私自身が、冒頭の嫌味を言われた時に何も言い返すことができず、悔しさだけが心に残ったまま自問自答を続け、この記事を書くに至った経緯があります。
“一般社会での受け入れが困難な者に誰が寄り添うのか”という問題意識・不安自体は理解しますが、これを更生保護施設だけに押し付けるのは到底容認できません。
このような問題意識・不安が更生保護関係者のみならず社会全体の問題として捉えられる日が来ることを心から願っています。


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